利己的な行動をする人々は、あまり幸せではない。
より寛容であろうとするだけであっても、私たちの脳に、より幸せにするような変化を引き起こすのに十分であることが示唆された、というスイス、チューリッヒ大学からの研究報告。
たとえ、少し寛容であるだけであっても、寛容さが人々をより幸せにするようだ。
■実験
実験を始める時点で、参加者50人は、今後の数週間で受け取り、使えることになっている合計金額を伝えられた。
参加者の半数(寛容さを試験される試験群)は、自分が知っている誰かに対してお金を使うことになり、残りの半数(対照群)は、自分のためにお金を使うことになった。
その後、すべての参加者は、寛容な行動、つまり、自分の身近な誰かに払う金銭的コストに関して、実験の各試行で決定をした。
各試行で、参加者に、他人の金銭的利益と参加者の金銭的コストの組み合わせを変化させた選択肢が提示され、参加者はその選択肢を選択するかどうか決定した。
利益とコストの大きさは、3〜25スイスフランで独立に変化させた。
どの選択肢にもコストが提示されていたため、参加者は個人的なコスト(犠牲)をいくらか払わなければならなかった。
そして、このタスクでの“寛容な行動”は、参加者が他人に利益を与えるために個人的なコストを払うことにした試行の割合として定義された。
参加者が、このような決定をしている間、つまり、寛容な行動をするかしないか意思決定している過程で、参加者の3つの脳部位、側頭頭頂接合部(向社会的行動と寛容さが処理される)、
腹側線条体(幸福に関連する)、眼窩前頭皮質(意思決定過程で良し悪しを評価する)における活動が測定され、実験の前後で、幸福について尋ねられた。
■意思だけで、神経の変化が引き起こされる
その結果、研究者らは、人々がより寛容な行動をとったときにより幸せを感じることを発見した。コストの大きさは問題ではなく、ただその行為が問題であるようだったという。
また3つの脳部位は、参加者が寛容であるか利己的であるかによって、作用の仕方が異なることが見出された。
寛容な行動をしようとするだけで、脳の利他的な部位が活性化し、この部位と幸福に関連する部位との相互作用が強化されたという。
「実際に、行動に移す前に、意思だけで神経が変化するのは注目に値する。」と主任研究者のフィリップ・トブラーはコメントしている。
http://www.nutritio.net/linkdediet/news/FMPro?-db=NEWS.fp5&-Format=detail.htm&kibanID=60902&-lay=lay&-find 寛容を謳いつつ寛容じゃないいつも何かに怒ってるフェミニストが幸せそうじゃないのはそういうことかぁ
今朝おじいさんの家の前を掃除してやったらバレちゃってソーダごちそうになっちゃった。
思わずいい気分よ。あのクソジジイ
絶対に自分のためじゃないいいことを見つけてやるわ
アメリカンなんかは寛容さを押し付けるという利己主義的行為で幸せを感じているよね
こんな糞みたいなクズしかいない社会で寛容になんてしてたらストレスで死ぬわw
寛容な人は他人を受け入れるだけの余裕がある。
愛をもらった人は、愛で返してくれる。
俺たちは世界を憎んでいるから、世界も俺たちを憎み返して来る。
>>4
こんなスレでも他人を見下しに掛かろうとする奴が寛容的とか ジャップの現実逃避
・首都圏が米軍基地に囲まれてる。ジャップは独立国とはいえない。
・主要企業のほとんどは、バブル崩壊で、外資の配下に落ちた
・静岡東部から岩手南部くらいまで、
放射能危険地帯で、人の住める場所ではない。
何を議論するにしても、
こういう根本的な事実から目を背けてるから、
意味のある議論がメディアどころかネットでもまるで出来てない。
お前らこのスレに好きなだけレスしていいぞw
って厚かましい感じでも気分がいいな
他人の税金ばら撒いてる安倍の気分だわ
こうやって何でも許そうとするのは悪
排除すべきものはキチンと排除しないと
一々他人にムカつくエネルギーが勿体無いし馬鹿は相手にしないだけでストレスから解放される
日本においては、未だ続いている
死刑の制度が、不寛容の根底にありそう。
人権ポルノ
ジャスティスポルノとはよくいったものだな
人は正義に憑依して何かを叩く時、自慰やセックスの何倍もの快楽物質が脳内を駆け巡る
不寛容がもたらすのは攻撃性。
これは、他者へ対して振るわれると同時に
自身に振るわれることへの不安を
抱え込むことになる。
ストレスは貯まるだろうね。
死んでいただければこれ幸いでございますので是非とも考慮頂けないでしょうか
イライラしない選択の方がイライラしないよねって当たり前だろ
人間そんな単純じゃねえわ
>>26
攻撃してくる奴は実力行使して排除した方が気分良いよな
泣き寝入りしたら幸せなんて敗者の論理 寛容になってもいい奴とそうでない奴がいる
後者は甘くするとつけあがるから徹底的に叩く
>>7
それでお前も糞みたいなクズの一員になると
負の連鎖だね >>34
寛容と関係あるかは分かんないけど外出れば親切にする他者はいるよ 差別されて抵抗しているだけなのに「寛容」になれって言われてもね
そりゃそうだろ今の世の中他人に厳しすぎだから閉塞してってるんだよ
他人を批判しない世界が自分にとって1番幸せなんだよ
そうかな
利己100%のサイコパスなんて人生楽しそうじゃん
>>7
いちいち気にするからストレス溜まるんだよ
俺は他人の事何も気にしなくなったらストレスなくなったぞ ジャップほど不寛容で厳罰化を求める民族は他にいない
不寛容さに関しては右に出る民族はいないだろう
他者への攻撃は発散するどころかストレスになるらしいしな
まあ心を広く持ってきりきりするなってことだわ
他人の優しさを利用するアホをどうにかしないとそれは成り立たないわけだけど
そのアホが今の政治家達っていうね
幸せでないから利己的なんだけど
幸せだから寛容なんだろ?
>>16
寛容の精神とはつまりこういうこと
もともと許すも許さないもその権限がない >>40
他人のやることに不寛容で自分のやることに寛容
本来精神の為には人間はそうあるべきなんだけどな >>41
それもう人じゃないよ他人を気にしないなら お金を使って幸せになる方法はただ一つ
他人のために使うことっていうからな
信条・嗜好・選択を耳にした時に置く事さえ出来れば随分楽になるはずなのだけど
何故かそれさえ期待すべくもない国では難しいね
お互いに「どもども」ってやっている分には無害だが片方が塩対応だと不の念が溜まっていく
なので、いつ買い物しても塩対応の店員がいる店には二度と行かない
家族とか親しい人間以外はゴミなんだから利用するだけだろ
リゾート地で、合宿に遅れたアホなDK位は送るかな
準高速状態or細く暗い峠の田舎道で死なれても、後味悪過ぎだし
相手がJKではないところ非常な現実であるが
幸せだったら余裕が出て他人にも寛容になれるんだろう
寛容であろうと常に心掛けているが実際ストレス、すんごいストレス
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね支援しねしね死ね死ね