https://mainichi.jp/sportsspecial/articles/20190904/mog/00m/050/008000c
パラリンピアン初の国会議員・横沢高徳さん「生きる力や喜び感じられる大会に」
2019年09月07日
2010年バンクーバー冬季パラリンピックでアルペンスキー男子座位に出場した横沢高徳さん(47)が7月の参院選で当選し、パラリンピアン(パラリンピック出場選手)として初の国会議員となりました。東京パラリンピックまで1年を切った今、東京大会に期待することなどを聞きました。【聞き手・芳賀竜也】
――バンクーバー・パラリンピックに出場した頃に比べ、環境は変化しましたか。
◆あの頃から比べたら日本のパラリンピックへの認知度は大きく変わりました。
――オリンピック・パラリンピックを総称して「オリパラ」という言葉もできました。
◆14年ソチ冬季大会の頃からではないでしょうか。日本では五輪とパラリンピックを必ずしも同等に扱ってきませんでしたが、それは世界的に見ると「特殊」だという空気が生まれてきました。アルペンスキーのワールドカップ(W杯)で海外を転戦すると、「この前、テレビで見たぞ」と話しかけられました。ゴールデンタイムでパラスポーツが放映されているとのことでした。
――人々の心も変わりましたか。
◆かなり変わったと感じています。私はオリパラ教育にずっと携わっていますが、以前はパラスポーツについて「目にしたことがない、知らない」という子供たちが多かったです。しかし、今ではどの学校に行っても、子供たちは「ああ知っている! 見たこともある!」と目を輝かせます。「パラスポーツの方が面白い」と言う人も増えてきました。そうした流れの中で、参院議員に当選させていただいたことには意味があると思います。
――なぜ政治の道を志したのですか。
(リンク先に続きあり)
パラリンピアン初の国会議員・横沢高徳さん「生きる力や喜び感じられる大会に」
2019年09月07日
2010年バンクーバー冬季パラリンピックでアルペンスキー男子座位に出場した横沢高徳さん(47)が7月の参院選で当選し、パラリンピアン(パラリンピック出場選手)として初の国会議員となりました。東京パラリンピックまで1年を切った今、東京大会に期待することなどを聞きました。【聞き手・芳賀竜也】
――バンクーバー・パラリンピックに出場した頃に比べ、環境は変化しましたか。
◆あの頃から比べたら日本のパラリンピックへの認知度は大きく変わりました。
――オリンピック・パラリンピックを総称して「オリパラ」という言葉もできました。
◆14年ソチ冬季大会の頃からではないでしょうか。日本では五輪とパラリンピックを必ずしも同等に扱ってきませんでしたが、それは世界的に見ると「特殊」だという空気が生まれてきました。アルペンスキーのワールドカップ(W杯)で海外を転戦すると、「この前、テレビで見たぞ」と話しかけられました。ゴールデンタイムでパラスポーツが放映されているとのことでした。
――人々の心も変わりましたか。
◆かなり変わったと感じています。私はオリパラ教育にずっと携わっていますが、以前はパラスポーツについて「目にしたことがない、知らない」という子供たちが多かったです。しかし、今ではどの学校に行っても、子供たちは「ああ知っている! 見たこともある!」と目を輝かせます。「パラスポーツの方が面白い」と言う人も増えてきました。そうした流れの中で、参院議員に当選させていただいたことには意味があると思います。
――なぜ政治の道を志したのですか。
(リンク先に続きあり)